2月27日(金)


  職員朝礼で昨日の入学試験申込者の大幅な定員割れに対する吉沢校長の見解があった。

「地域の中学生が減少していること。他の地域の中学生に対する広報が足りなかった。体験入学の回数、時機を考えるべき。セールスポイントをしぼれなかった」と
  1限から3限にかけて、2人の補習があり、その内1人は、午後に昨日の補習で未消化の分をする予定であったが、「昼食を忘れた」ということで、そのまま補習を続け、12時半過ぎまでかかった。
  仕事が次から次へとある中で、この補習の3日間はしんどかった。内心、赤点なんかつけないほうが良かったのではないかと後悔。会議で決まった計算式で計算をしているといっても主観で判断する部分はどうしても出てくるので、赤点をなくすことも、増やすこともある程度できてしまうからだ。
  1時過ぎに遅い食事を取りながら、何時の間にか、ふって湧いてくる専門高校等の表彰状の問題をどうすればよいかと思い悩んでいた。該当の生徒の修得単位状況を調べたところ、読み替えがあったとしても、規定の25単位に達していないように思うし、吉沢校長のあの慌てようからして規定に達していないのだろう。以前、滝地先生が言っていたように、商業の指導主事に問い合わせればよいのだろうか。今まで成り行きにまかせる形でどんどん進んでいった。いざ、それを実行するときになってはじめてよせば良かったとの後悔の念が胸の中から奔流のようにこみ上げ、まわりの筋肉を締め上げていった。
  妻の一美の言葉がよぎった。
「学校の場合、ひたすら校長になるまで事なかれに終始し、校長になってから、自分の思う通りにやっていくのが無難だわ」
事なかれどころか、問題をいっぱい作ってきてしまった。問題がないのに、新たな問題を作ってきたわけではない。ただ、現にある問題を指摘しただけであった。
  滝地先生の言葉がよぎった。
「校長、教頭の意にかなう教員が教頭になり、校長になるのが実態です。わたしは、まっとうなことを言う滝地で有名ですから、校長に疎まれて飛ばされてきました」 
  校長、教頭の意にかなう人間とは、問題を指摘しない人間なのか。問題を指摘すると、校長・教頭の責任になるからなのか。自らの責任が問われないように、校長・教頭を決めていく。それが連綿と続いているのが学校の伝統なのだろうか。問題を指摘する者は、他の学校に追いやり、指摘された問題は風化していく。その累々たる問題の堆積物が、何かの弾みに人の口から出たり、消えたりしていく。
  そして問題が表面化して、どうにもならなかった時の言葉まで用意されているのではないか。原形をとどめないないぐらいに焼けただれた死体を納めた棺、その周囲を悲嘆にくれ、涙し、怒りに震え、打ちひしがれ、慟哭する肉親・保護者、原因を追及する報道記者の前で、周到に用意された原稿。

「このような事故が起こるとは、予想もつかず、遺族の方々には大変申し訳なく、責任をひしひしと感じています。このような事故が決しておこらないように対処していきたいと考えます。」と

 人は組織に入った以上、その組織の長になることを夢見るのであろうか。自分が校長になることを夢見る人間は、校長・教頭の意にかなうようにひたすら務めて、その仲間に加わりたいと思う。問題に目をつぶってくれた代償に校長・教頭の席が用意されるのだろうか。
  午後4時に、どうして良いかわからず、図書室へ滝地先生を訊ねて相談してみた。この表彰状の問題はそのまま放置しておくしかないという話になり、それしかないという結論になった。


  午後6時過ぎ、丸山先生は3階の情報準備室にいた。表彰状の問題を商業の指導主事に意を決して、電話で連絡しようと思ったからである。なぜ連絡しようと思ったのか自分でもわからなかった。ただ、ほっておけない衝動に駆られたからである。正義感からなのか、いや毎日のきまりきった日々に波乱を求めたのか、何かを知りたいのか、このまま引き下がるのが嫌なのか、考えてもわからなかった。メモ用紙にある県教育委員会の学校指導課の電話番号を押していた。これから先、自分はどうなっていくのか、先が見えない暗がりに向かってわけもなく走る感覚であった。暗がりの向こうには、明かりを捜すがどこにもなく途方にくれる暗がりが横たわっているように見えた。迷いを吹き消すかのように、電話がつながる音が耳から断続的に聞こえてきた。どのように話をすればよいか、話の順序を考える。緊張がみなぎっていく。誰も電話に出なく、受話器を置いた。じっとしていると、冷たい冷気が体全体を包み込んできた。

メモ用紙を持つ指が小刻みに震え、乱雑に書かれた数字が頭の中でからみあう。
  再度、電話番号を確かめるように押して、受話器をとった。下を見ると、対面の図書室は暗く、1階の職員室の明かりが見えていた。近くには、ネットワーク機器のランプが点滅しており、独特な機械音があたりの静寂と調和していた。誰も電話に出なかった