2月25日(水)


  丸山先生が学校に行く出掛けの7時30分に妻の一美が何を思ったのか知れないが、
「学校の場合、ひたすら校長になるまで事なかれに終始し、校長になってから、自分の思う通りにやっていくのが無難だわ」
「しかし、学校がなくなっては、どうにもならないだろう。どんどん学校がなくなっていっているよ」
「社会保険料、年金保険料、・・・・が、毎年少しずつあがっていく。そのたびに書き換えし、手間と費用がかかってしょうがないわ」
「国家が破綻することが、わかりきっているから、だれも年金保険料なんか払わない。当然だよ。今じゃ強制取り立てが進行中」
  丸山先生は口から出た「わかりきっている」という言葉の意味をさぐるように、ぼそっと、
「わかりきっているか」
  8時20分頃、丸山先生は江島先生に昨日の話の続きをしてみた。
「(各教科で実施している)検定日は教育課程とは違う目的ということで土日にあります。この日に出席したのであれば、授業時数としてカウントして欠時(欠席した時数)を減らせば、単位の履修が認められるのではないか。実際、そうすれば私の授業で未履修の生徒が履修となり単位が認定されます」

江島先生は淡々とした口調で、
「それは、できません。決められた時間をこなすのが条件になります」
「昨日言ったように、チーンと行儀よくすわっているだけで、出席点、態度から単位を出し、卒業していくとしたら、生徒が何時間か授業時数が不足しているだけで、卒業できなくなったらおかしくなるのではないかと思う。学校の教育目標から言えば、ずっと、チーンと行儀よくすわっている生徒より教育目標に近いのですが」
その時、別の用件がきて話が途切れてしまった。教務課長ともなると多忙を極め、次から次へと話がくるのである。
  職員室の中の会話で
「教育委員会は、現場で考えよというけれど、不都合になると、何で指示を守らなかったと言う」
私の席の近くにソファーがあり、そのソファーに数人座っており、
「学校の目的は、1生徒に時間を守らせること。2単純作業をさせること。3教員の指示に従うこと。の3点」と小耳にはさんだ。
  現在の仕事は、時間がフレックスタイム制にあるように、時間が決まっていない場合が多くあり、複雑な仕事をこなす必要がある。また、会社の上司に単に従うだけでなく、会社のために意見を言い、時には上司と意見の食い違いを見せるようにしないと、会社が生き残っていけないとすれば、学校に生徒を長くいさせるということは、将来、仕事につく上でマイナスではないか。すなわち、学校教育は、生徒に将来の仕事をする能力を根底から奪っているし、奪ってきたのではないか。実際、中学卒7割、高校卒5割、大学卒、3割が何らかの形で離職しているという。
  12時半に補習の生徒に何をさせるかを商業科の楢崎先生と相談した。その講座では丸山先生が主導で授業を進め、楢崎先生は生徒の出欠席を担当していた。相談した結果、ワープロ検定と情報処理検定のプリントが必要になった。ワープロ検定のプリントについては、三邦先生の手元にあるということで、情報処理検定のプリントを探しに情報準備室へ行ったところ、あるべきところになかった。今年度行われた検定の資料は情報準備室にある丸山先生の隣の机上へ置くということが商業科の会議で決まっているはずと思い、情報準備室の管理者である楢崎先生に訊いたところ、つい最近、この部屋を整理、掃除、廃棄をしたとのことであった。そこで、三邦先生に連絡したところ、楢崎先生といっしょに現れた。
  「情報処理検定のプリントは、封筒に入れてこの机の上に置いたんです」丸山先生が説明した。

3人は、部屋中を探し回りながら、
楢崎先生が言うに
「どんな封筒だったんか」
「学校にあるこの手の封筒で、中身が多くありますので、厚みがある。また『日検』と大きく書かれ、何が入っているかわかるようになっています」と丸山先生が答えたところ、
「どれだけの大きさや」
「A4サイズ(のプリント)が入るサイズです」
そこで、三邦先生が語気を強めて
「検定の資料は、このロッカーの中に置くことになっているだろう」

「いえ、わたしの隣の席の机上の本棚に置くことになっています」と反論した。
三邦先生が声を荒げて、
「そんな話、聞いていないぞ。そんな大事なもんなんで、そんなとこに置くんや」
楢崎先生も同調して、
「わしも、そんな話、聞いていないぞ」
  議論が堂々巡りになった。補習が始まる1時近くになったので、
「補習場所の第4情報室へ行ってます」丸山先生が言ったところ、
三邦先生が独り言を言った。
「ここにあったとしたら、ごみ箱か・・・・」


  1時を少し回ったところで、3年の学年主任が第4情報室前に2人の生徒といっしょに現れた。その2人の生徒は補習で1時に来ることになっており、口々に遅れたことに対して謝まった。その内の1人がA君だった。楢崎先生、補習の生徒と揃ったので、補習の日程について決めることにした。1日で終える予定であったが、楢崎先生の「ちょんちょんで終わってはいけない」との意見から、3日間行うことになった。
  1日目の課題は、決められたデータ(ある県の人口に関する資料)から、合併後の市町村の姿についてわかることを、適切に範囲を選択してグラフを作り、そのグラフからどんなことがわかるかの新情報をあげるのを課題とした。この課題は、情報処理検定後(12月〜)のこの講座の最終目標だった。2人とも、授業では新情報の内容・個数からして不十分なものであった。
  3時頃に、一見して消防署から来た人とわかる身なりの人が現れた。天井に張り付いている火災報知機の点検をしているようだった。ふと思い出して、楢崎先生に他に仕事があるようでしたら、ここは「私が見ていますから」と言うと、「あ、それでは」と部屋から出て行った。隣にある小部屋に消防の人が入ったのを見て、後からついて行った。1階職員室と美術の棟の間に重油タンクがあること。また、非常階段がその棟のあの場所にあって危険であることを伝えたところ、しきりにメモを取っていた。
  楢崎先生が行ったきり、なかなか戻って来なかった。生徒は、新しく見つけた情報が出尽くしたようで何をしてよいかわからないといった状態。校内放送をかけたところ、楢崎先生が戻ってきた。生徒が作成したプリントを見せて、
「新しく見つけた情報の個数からして、もう良いのではないかと思うのですが」と言ったところ、
「あなたがそう言うのあれば、それでいい」
と返事があり、補習1日目は午後3時20分に終了した。
  補習が終わって1階職員室に戻り、丸山先生は楢崎先生に訊いてみた。
「補習を3日間おこなう必要があるのですか」
「赤点をつけたのだから、当然です」
「あの者の点数を、計算式から厳密につけました。その結果赤点になりました。ですから、補習をおこなった結果から、規定の30点になった時点で、補習をやめるべきではないですか。その2人は点数が違います。30点になるまでの差を埋めるのが補習です」
「29も26も同じ赤点。主観が入った赤点。赤点をつけた以上、ちょんちょんで終わってはいけない」
「主観なんて入ってはいません。厳密な計算式を当てはめました」
「そんなら、赤点をつける必要ないじゃないか」
「え? ・・・・・・」
よくわからなかったが、補習は3日間行うことになった。
  三邦先生が情報処理検定の資料について「どうなったのか」と訊いてきた。「捜してみてくれ」で、周りを捜したが、どこにもなかった。
丸山先生は、楢崎先生の机の近くにある簿記の検定資料に目が留まった。
「そこにある簿記の検定資料は、どこにあったのですか」丸山先生は楢崎先生に訊いた。
「××先生の机(昨年いた先生で、現在私がいる席の隣の机)の上です」
「じゃ、私が正解です」(検定資料は、やはり私の隣の席にある机の本棚に置くことになっていたのである)
最初、楢崎先生は言ってることがわからない様子であったが、わかってきたようであった。
「情報準備室にあった湯沸かしポットですが、ケーブルがなく、使えなくて困っていました。捜したところ、前の廊下にあったダンボール箱に入っていました。情報処理検定の資料も、誤って捨てたのではないかと思ったのですが」
と丸山先生が言ったところ、
「ごみ箱に出ているか」楢崎先生が言った。
早速、ごみが集まる場所に行くことにした。
そこは自転車置き場の隣にあったが、ごみは何もなかった。学務員に「ごみは出ていませんでしたか」と丸山先生が訊くと、
「それは三邦先生がもってきて、今日の3時に(業者の人が)もっていってしまい、跡形もありません」
1階職員室に戻り、そのことを楢崎先生に伝えたところ、
「あじゃー!」近くにいた三邦先生が叫んだ。
「情報処理の資料がないと困るので、(電子)ファイルを印刷して、(紙の)ファイルに綴じてほしい」三邦先生が丸山先生に言った。

 5時半に三邦先生のいる3年の職員室を訊ねたところ、
「勘違いしていました。今年度の検定資料は、あなたの隣の机の本棚に集める。記憶が飛んでいました。日中、(情報準備室に)見にいったときに、それらしい(情報処理検定資料)ものがなく、あとは、書類を粉砕機にかけたので、個人情報は校外に出ていない」三邦先生が言った。