1月30日(金)

 丸山先生が、朝、登校してみると、廊下から校長室の部屋の明かりが見えていた。時計を見たところ7時55分であった。事務室から校長室へ入るドアがあり、そのドアを少しあけると、校長はしきりに書き物をしていた。

「お話したいことがあるのですが」と言うと

「今、書き物をしているから、後にしてくれ」との返事があった。

1・2限と授業があったので、2限が終わって一段落した10時55分に校長室に行くと、業者と何やら話し合っており、「後にしてくれ」とのこと。そこで、職員室に戻ったところ、しばらくして電話がかかり「今ならいいぞ」という校長の声が電話から聞こえてきた。しかし、今そちらへ行くと職員室には誰もいなくなることを伝えたところ、「急いでいるのであれば、来てくれ」との返事があり、「急いでいない」と伝えたところ、昼食後に校長室に行くことになった。

 昼休み時間に昼食をとり、隣の先生と各情報室(コンピュータ室)や第3情報室に集められたノート型パソコンについて話し合ったりしていた。食後、何かのはずみに職員室を離れようとしたところ、大須磨教頭がついてくるのが感じられた。吉沢校長とだけ話がしたかったので、思い出したかのように、職員室に戻り、そのすぐ隣にある印刷室の奥にある洗面台で歯磨きをした。歯磨き後、一旦は職員室に戻り、歯磨きセットを片付けるのが普通だったが、教頭を意識して避けるようにすぐに校長室に行った。

 校長室に行くと、吉沢校長ただ一人であった。丸山先生は備え付けのソファーに座ると開口一番に言った。 .

「誰もいない職員室。授業なのに生徒が廊下にいる。校内推薦で入ったのに、落ちる。就職がなくなる。この学校はおかしいのではないですか」

校長は憮然とした表情で、

「校長のせいと言うのですか」

丸山先生は、予期しない言葉に一瞬ひるんで、

「いや、そんなことを言っていません」

校長は語気を強め、

「おかしいのは、あなたです。あなた頭おかしいです」

話題を授業の方へ移して、

「授業が成立しない場合、昨日の職員会議で、生徒指導を厳しくするということですが、生徒指導は、生徒指導課ですか、教科の方ですか」と丸山先生は訊いた。

「当然、教科です。あたりまえじゃないですか」

「時間がないので、次の話ですが」

「教頭が、誰が考えてもおかしい表彰規定がない表彰なんて会議の席上、皆の前で言う。この学校おかしいのではないですか。密告があったらどうなるんですか」

校長は表情をこわばらせて、

「あるのですよ。そういう表彰なんです」

「では、この件調べてみます」丸山先生は咄嗟に言葉が走ると同時に立ち上がり去ろうとした。

「ちょっと待って」すがりつくような眼差しで校長が呼び止めた。

丸山先生が時計を見たところ、時間は午後1時16分であった。

「5限目の授業(午後1時20分開始)があって、時間がないのです」

吉沢校長の強い視線を感じたが、長年身についた授業への習慣があり、また第4情報室であるコンピュータ室を事前に開ける責任から、振り切るように校長室を出た。

 5限目の授業を終え、6限目の空き時間に3階にある職員室に行くと、1年の学年主任で社会科の瀬町先生が、単行本を読んでいた。

「表彰規定がない表彰なんてあるのですか。面倒見が良い学校て、何なのでしょうか」と瀬町先生に訊いたところ、

瀬町先生はしばらく黙っていたが、やおら堪えかねたように、

「あの(吉沢)校長やったら、やりかねんわ」

丸山先生は、その言葉に驚き、

「元教頭で商業科の講師として赴任してきた楢崎先生が、面倒見がいい学校について、よく職員室で言っていました。その学校つぶれたとのことでした」

さらに続けて、

「あの(吉沢)校長、この学校つぶす気なんですか」

瀬町先生はいつものにこやかさが消え、険しい口調で、

「(停年まで)もう2ヶ月、何もなく、済めばいいとだけ思っているんですよ。公務員、皆そうや。自分さえよければいいんや。自分の任期さえ、務めればいい。後はどうでもいいと考えている」

「そんなこと言っていたら、日本は無くなるのではないですか」

「教育については、3流国です。亡国ですよ。この学校は、10年前は、この地域で2番目に優秀だったのですが、今じゃ考えられないくらいですよ。今は、この地域のものが敬遠する学校になっている」

瀬町先生は嘆息し、国の行く末を案じる様子がひしひしと伝わってきた。